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2016/03/02

「店を開けてください」震災時のラジオの声

「店を開けてください」震災時のラジオの声 | サムネイル画像

こんにちは、女性の応援団 モチベーションをアップするコーチの熊谷留美子です。

 

5年前の2011年3月11日の夜、あの大地震の日です。
私は、避難した小学校の校庭にいました。

翌日、新潟に行くことになっていたので交通情報を知りたくて
車のラジオを聴いていました。

 

ところが、どの局も都内の帰宅難民の話ばかりでした。
情報を知る由もない私は、携帯のワンセグを使うと電池がたらなくなるので唯一の方法、

車のラジオが頼りでした。

 

ある時間になり、仙台地区の担当のラジオに変わりました。

すると、女性アナウンサーが
「お店をあけてください」と懇願するように話されたのです。

 

私は、なんと勇気のある発言だろうと思いました。
停電で、信号も止まっている真っ暗の中で
「お店をあけてください」という言葉が、今、最大の言葉に聞こえました。

 

避難所にくる前に、いつも利用する近くのスーパー「朝日屋」さんは、
地震後も後片付けをなさりながら、いつものように営業を続けていらして、数人の人が、

「何か買っておこう」位の気持ちで訪れていました。
よもや、そんな大変なことが起こっているって、本当に誰も知らなかったのです。

 

 ところがだんだん状況が大変なことになっているのでは? という空気の中、

また真っ暗な校庭にいた私には、
この「お店をあけてください。」は、どんなに喜ばれることだろうと思ったのです。

 

都内の帰宅難民の話よりも、一番、今欲しい情報が得られないときに、
この女性アナウンサーの一言は、重みがありました。

 
その後、夜中に、我が家からそう離れていない地区で死体が200~300体浮かんでいるという情報が流れました。
詳しくはわかりませんという情報を繰り返し流れていました。
○○小学校の屋上に数10人、数100人が助けを求めています・・、そんな情報が流れていていました。
津波が来たという情報もない頃だったので、何が起きたのか全くわかりませんでした。


 

ラジオ局も情報の収集に大変だったと思います。

今でも時々車を運転しながら、
「お店をあけてください」のアナウンスを思い出します。


私自身、そんな「一番必要とされているときに、一番喜んでいただけるもの」を提供しているだろうか・・、そんな姿勢を正してくださる
アナウンスでした。

【追伸】

翌日から多くの小売り店は、開けてくださいました。

生協も、大手のスーパーも店はぐちゃぐちゃなので駐車場で販売されていました。

一律100円 そんな感じ。

だってレジスターが停電で使えないので、全部同じ値段。

 

250円位するものも、100円。

こういうときに、小銭も用意しているといいなぁと思いました。

なぜなら、お釣りのいらない人のコーナーもあり、自己申告で販売でした。

並ぶ必要もない!

 

こんな決断をされるお店のオーナーも本当にすばらしいなぁとおもいました。